2021年のクリスマス:The simple pleasures of togetherness

クリスマス・シーズンの到来

年の瀬が迫って来ると、何となく気忙しいと感じるのはカナダでも日本でも同じです。違いと言えば、クリスマスとお正月の位置づけが真逆である、ということでしょうか。

日本では「クリスマスは友達と賑やかに、大晦日から元旦にかけては家に留まって家族と」というのが一般的な過ごし方だと思います。ところがカナダでは「クリスマスは必ず家族と一緒に、大晦日は大勢でパーティをしながら年明けまでのカウントダウンをする」のが普通です。そして1月は2日からさっさと仕事始めをするのが珍しくありません。

 

 

私がカナダで初めて年末年始を過ごした際、クリスマスが終わった途端あまりにも皆があっさりと大晦日を迎える様子にかなり戸惑いました。12月の最終週、日本ではいよいよこれから盛り上がろうという時期に、人々はすっかりテンションが下がってしまっているように見えたのです。

でも無理もありません。クリスマスへの期待感は11月早々から煽られるので、年末に辿り着くころには皆、もう疲れ果てているのです。

今年も10月31日のハロウィーンが過ぎると、店は一斉に模様替えをしてクリスマス仕様になりました。スーパーなどでは入るなり、かなり強いバニラやシナモンの芳香剤に出迎えられます。「パブロフの犬」ではありませんが、これらの香りを嗅ぐと「ホット・ワイン」や「キャンドル」といったクリスマス必須アイテムを連想してしまうのは長年の訓練の賜物でしょう。

まだ玄関先のクリスマス・プランターを買うのは時期尚早よね、と思いつつもつい店頭に並んでいるものに目が行ってしまいます。日本のお正月の門松に似ている、と思うのは私だけかしら?

 

 

そしてクリスマス・ツリーの販売ももうすぐ始まりますよ、といった看板が教会やマーケットでも出始めています。こうなると、否が応でも気分が盛り上がって来ます。

 

コロナは「いじわるグリンチ」?

ところで皆様はドクター・スースの書いた『いじわるグリンチのクリスマス』という児童書をご存知でしょうか?

アメリカやカナダで育っていればこの本を知らない人はいない、というほど有名な作品で、1957年に出版されてから現在に至るまでずっと売れ続けている息の長いベストセラーです。(実写版やアニメ版など、何度か映画化もされています)

我が家にももちろん、あります!

この物語は、山奥に住むひねくれ者の「グリンチ」という緑色の生きものが主人公です。グリンチは、山麓のフービルという町の住民がいそいそとクリスマスの準備に勤しむのを見るのが大嫌い。

イブの夜にサンタクロースに変装し、町中の家からプレゼントやご馳走を一つ残らず盗むことを思いつきます。「これで今年はクリスマスが来ないぞ」と、ほくそ笑むグリンチ。

ところがクリスマスの朝、フービルの住民が全てを盗まれて悲しむかと思いきや、皆で手を繋いで歌を歌い、クリスマスの到来を楽しそうに祝ったのです。

その姿を見て、クリスマスの本来の意味を理解したグリンチは改心します。そして慌ててプレゼントやご馳走を返しに行き、自分もお祝いに参加します。

めでたしめでたし。

…ざっと、こういったあらすじですが、

昨年はコロナ禍のせいでひっそりとしたクリスマスを過ごす羽目になったカナダ人たちが、コロナウイルスをグリンチに例えたのも理解できますよね。

もちろんフービルの住民同様、改めてクリスマスというイベントの意味を考える機会になった、という意見がニュースでしばしば取り上げられたのは事実です。

通常ならばどのようにして祝うのか、を思い返してリストアップして、その中から今年は何が出来るのか、何が一番重要なのか、によって順位を決めていく。そのようなプロセスを通して健康の大切さ、そして何よりも家族の繋がりの有難さを再認識した人々は多かったでしょう。

しかしその家族との集いさえもウイルスによって阻まれたのでした。クリスマス・シーズンに照準を合わせたかのようにコロナ感染は急増し、オンタリオ州は厳しいロックダウンを強いられたのです。同一世帯以外の人とはたとえ親しい間柄の人とでもなるべく交流を避けるように、と言われたのは本当に残酷でした。

 

我が家の伝統:「ボクシング・デー」パーティ

当然ながら、私達のクリスマスも例年に比べてずいぶん、こじんまりとしたものになりました。

前回の「クリスマス・ギフト」の記事でも少しご紹介しましたように、私の夫は親戚が多く、普段から交流が盛んです。クリスマス当日こそはそれぞれの家庭で七面鳥ディナーを囲みますが、翌日の12月26日の「Boxing Day」には我が家でパーティを催し、一斉に集まるのが恒例の行事となっています。

それを昨年は見送らざるを得なかったのです。

「ボクシング・デー」の名前の由来は、かつては使用人がクリスマスの翌日に休日をもらってそれぞれの故郷に帰る時、主がプレゼントを箱に入れて持たせた、という説があったり(日本の「藪入り」に似てますね)、貧しい人のために集めたギフトを箱に入れて教会で配ったからだ、という説があったりします。(現在は年末の大規模なセールのある日、ということの方がクローズアップされていますが)

夫と私がボクシング・デーのパーティを催すようになったのは2012年が最初でした。かつては義理の両親たちが主催していたのでその後を継いだ、という形です。夫の兄弟姉妹、叔父・叔母、甥・姪、その子供たちや友達などが30人ほど集まり、大変な賑やかさです。

特に何をする、というわけではありませんが、お互い海外に住んでいたり、忙しかったりで普段はなかなか会えない親類に会う、というのが主旨です。

ホストの役割は至ってシンプル:ただただ食べ物と飲み物をふんだんに準備すること。

ルバ叔母さんのこと

ルバ叔母さんは夫の父親の妹で、昨年91才で亡くなっています。

生まれつき脚に障害があった彼女は生涯独身を通し、親の介護をしつつも国立機関で研究者として働き、後に高校の生物学の教師となって立派なキャリアを全うしました。

生活は極めて質素、自分に対しては徹底的にストイックである一方で、兄弟姉妹には献身的に尽くしました。甥・姪たちやその子供の世代との交流も大切にして、集まりに招待すると必ず出席してくれたものです。我々の家系において、ルバ叔母さんは世代間の繋がりを象徴していた、と言っても過言ではありません。

最後に彼女を我が家に招いたのが2019年のボクシング・デーで、この写真では奥の一番右側に写っています。毎年、皆で讃美歌の合唱をするのが習わしですが、叔母さんもしっかり讃美歌集を手にして参加しています。

ルバ叔母さんの容態が芳しくない、という知らせを受けたのが2020年の晩夏。誰しもがコロナ感染の爆発的な拡大を恐れていた時期で、施設に最後のお別れに行くこともままなりませんでした。義姉だけが我々の代表で特別に面会を許されましたが、叔母さんはそれさえも遠慮していたと聞きます。

どんな時も自分より家族を優先させる、そんな気遣いは最後の指示にも表れていました。持ち物はなるべく処分したけれど、残りの形見分けは任せる、そしてこんなご時世だから葬儀も追悼式も要らない。

潔いのは確かに彼女らしいけれど、それではあまりにも切ない。いつかきっと、また皆で集まれる日が来たらルバ叔母さんを偲ぶ会を持とう、と私たちは心の中で決めていました。

それから一年以上が経ちますが、カナダではようやく様々な規制が緩和され、人々が長い冬眠から目覚めているような状況です。

コロナウイルスによって奪われたものは途方もなく大きく、そして多かったけれど、そろそろ勇気を出してそれらを取り戻しに行く時期が来ました。

手始めに「大切な人たちと一緒に時間を過ごす」、それもスマートフォンやパソコンのスクリーン越しではなく実際に会って。

そんなシンプルな喜びを味わうことを目指して、2021年のクリスマス・シーズンを迎えたいと思います。

 

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嘉納もも・ポドルスキー Momo Kano Podolsky

社会学博士。日本とカナダの大学で教え、トロント大学マンク国際研究所のエスニシティ研究課程事務局長を2020年まで務める。現在はフリーのライター・通訳・翻訳家として国際映画祭、スポーツイベント等、幅広く活躍。
父親の駐在により3才でイギリスに渡航、4才から15才までフランスで育つ。約40年に及ぶ欧米生活経験で培った広い視野をもち、日本語、英語、仏語を自由に操る。現在はカナダ人の夫とトロント市郊外在住。

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