カナダのヴィーガン事情とヴィーガンへの道:メーガン・デュハメルの場合【後編】

前回の記事では私がカナダで生活していて、日々、実感しているヴィーガン主義の影響についてお伝えしました。

 

カナダのヴィーガン事情とヴィーガンへの道:メーガン・デュハメルの場合【前編】

 

ヴィーガンとは動物から採取した原材料を回避するライフスタイルです。食生活に限らず、日用品や衣服に関してもその考え方が及ぶことから、いわゆる菜食主義(ヴェジタリアン)よりも徹底していると言えます。

カナダの一般的な家庭ではお肉や牛乳・チーズなどの乳製品をかなり多く消費します。そのためヴィーガン主義の食事はかなりハードルが高いわけですが、徐々にそのような考え方に理解を示す人々が増えていることは確かです。

ヴィーガン製品がスーパーの売り場でかなり幅を利かすようになっていますし、ファーストフードなどでも徐々に肉の代替品がメニューに加えられる傾向が見られます。そしてイベントで参加者に食事が提供される際にも、様々な宗教やアレルギーを理由に特別メニューを希望する人達と同じく、「ヴィーガン」にも独自のオプションが準備されるようになっているのです

そのようなお話をしましたが、記事の最後には10年以上も前からヴィーガンの食生活を取り入れ、しかもアスリートとして世界のトップレベルで活躍したメーガン・デュハメルさんについて少しご紹介しました。

メーガン・デュハメルさん

この記事ではさらに深くメーガンの体験について掘り下げていきます。

メーガン・デュハメルがヴィーガンになった経緯

メーガンが「ヴィーガン」という言葉に初めて出会ったのは「2008年12月1日」だったそうです。はっきりとその日付まで憶えているのは、この日を境に自分の人生が大きく変わったからだと言います。

当時、メーガンは23才。すでにフィギュア・スケーターとしてはある程度のキャリアをおさめていましたが、怪我が多いことが悩みの種でした。そこで自分の食生活を見直すべきなのではないかと思いあたり、たまたま選んだ本がきっかけとなりました。まだその頃は珍しかったヴィーガン食について書かれた『スキニービッチ 世界最新最強!オーガニックダイエット』(ローリー・フリードマン&キム・バーノウィン著)がその本でした。

 

SkinnyBitch cover.jpg出典:Wikipedia

 

それまでは食生活にあまり関心がなく、とにかくお金を節約するためになるべく安上がりのサンドイッチを食べ、身体によいと思って牛乳をたくさん飲んでいたと言います。「だってミルクにはカルシウムが豊富に入っているし、どんどん飲みなさいって親に言われて育ったから」と。

でも『スキニービッチ』を読破してその考え方は文字通り、一夜で変わります。翌日から自分はヴィーガンになるのだと決めたメーガンは、冷蔵庫の整理に取りかかって肉や乳製品を全て排除したそうです。

「ものすごく興奮して、リンクに行って『私、ヴィーガンになるの!』って当時のコーチやペアのパートナーに言ったんだけど、彼ら、すごく戸惑ってた」と、メーガンは笑いながら述懐します。「絶対に長続きするわけない。だいたい、ヴィーガンってみんな病的だし顔色が悪いじゃないか」というのが彼らの反応だったそうです。

とても意志の固いメーガンは周囲からダメ出しをされればされるほど燃えるタイプらしく、新しい取り組みによけいのめり込みました。「絶対に超・健康的なヴィーガンになって見返してやる」と心に誓ったと言います。

 

ヴィーガンになって変わったこと:アスリートとして

ヴィーガンになる、ということは「クリーンでヘルシー」な食生活を送ることだとメーガンは言います。自分の身体の中に入れるのは、どこでどのようにして作られ、自分にとってどういう効果を与えてくれる物なのか、を真剣に考えるようになったそうです。

アスリートとして本来、当たり前のことなのに、これをやらない人が非常に多いのは不思議。常に何らかの「edge (=アドバンテージ)」を求めるのがエリート・レベルの運動選手なのに、食生活に疎いのはものすごい盲点だとメーガンは熱弁します。

確かにそうですよね?

オリンピックや世界選手権などの頂点を極めようとするアスリートは、その多くが極端なトレーニング法や危険なダイエットを己に課します。中にはドーピングなどの違法行為にまで手を出す人もいるくらいです。

何とかしてライバルより少しでも優位に立ちたい、という考えに支配されるか

らです。

Photos courtesy of David Carmichael (February 2018, PyeongChang Olympics)

 

ところが自分の健康に良くて、メンタル面でもプラスに働いて、しかも環境に良い手段があるのに気づかないなんてもったいない、とメーガンは言います。

ではメーガンがアスリートとして実感したヴィーガン食の効果とは?

何よりも怪我をしなくなったこと。

自分は誰よりもハードな練習をすることで有名だったけれど、誰よりもリカバリーが速かった。だから強くなれた。

ペアスケーターの女子は転倒したり、落下したりなどの事故による負傷が多い。それらは避けることが必ずしも出来ないけれど、それ以外の筋肉や腱の炎症による故障はヴィーガンになってうんと減った、というのがメーガンの持論です。

なぜなら食肉や乳製品を通して動物性脂質を大量に摂取すると、身体のあちこちに炎症が起こりやすくなるから。それはただでさえ毎日、とてつもない負荷をかけて練習するアスリートにとって避けたいことなのです。

その他にもメーガンは自分の体に起こった変化があったと言います。

ヴィーガンの食生活を送るようになって、一日を通して空腹感を上手くコントロールできるようになりました。だいたい午後3時頃になると急にエネルギーがなくなったように感じる、それを補うためにコーヒーを飲んで甘いものを食べる、ということを以前はしていたけれど、その必要がなくなったそうです。

また、食事のリズムが安定したために体重の増減の波がなくなり、全体的に「締まった」体型になった。肌までとても綺麗になったのは思いがけないことでした。

身体の変化はパフォーマンスにも表れ、ペア選手としてとうとう2015年と2016年に世界のトップまで上り詰めました。

2018年の平昌オリンピックで団体金メダル、個人銅メダルを獲った時、メーガンは33才。30才をゆうに過ぎてからスケート選手としてのキャリアが頂点に到達する、という息の長さもヴィーガン生活の恩恵と切り離せないと彼女は信じています。

 

ヴィーガンになって変わったこと:人間として

最初は食生活からヴィーガンへの道を歩み始めたメーガンでしたが、それがやがてもっと広い意味で彼女の人生に影響を及ぼすようになります。

栄養学についてもっと知りたい、と思った彼女は二度に渡って専門学校で研修を受け、現役引退後はブリティッシュ・コロンビア州の「Alive Academy」でスポーツ&フィットネスに特化した「ホーリスティック栄養士」の資格をとりました。

メーガン・デュハメルさんインスタグラムより

いずれはヴィーガン食材を扱うカフェや店を出し、そこで栄養学なども学べるような場所にしたいと思っているそうです。若いアスリートを相手に食生活の見直しや身体のケアについてのアドバイスを施し、後輩の育成に役立ちたいという考えです。

また、メーガンは現役時代にヴィーガン食の効果がメンタル面にも表れていたことに気付いていました。もともと神経質で緊張するタイプだった自分がより穏やかになり、集中力が持続するようになった。そして周囲に対する思いやりが深くなり、短気を起こさなくなった。

理由を自分なりに考えたところ、「食用になった動物たちの恐怖を体内に取り込まなくなったから。それしか思いつかない」という結論に達します。

その気付きが大きな関心ごとへと繋がっていきました。動物愛護活動です。

大の犬好きであるメーガンは、ペットを飼う場合はシェルターから引き取るのを主義としています。ビーグル犬のテオもそうやって家に連れて来た一匹です。

その後、2017年に四大陸選手権のために韓国を訪れた際、食用に生育される犬がいることを知り、さっそくその中から一匹をもらい受けることに決めました。

メーガン・デュハメルさんインスタグラムより

それがムータエです。

ムータエとテオ

 

その後も大会の遠征先で様々な動物シェルターを訪問したり、Humane Society International(国際動物愛護協会)のような組織と手を組んで盛んに活動をしています。

 

妻として、母として

メーガンは現在、夫のブルーノ・マルコットさんと一緒にフィギュアスケートのコーチをするかたわら、娘のゾーイちゃんを育てています(ただいま二人目を妊娠中!)。

メーガン・デュハメルさんインスタグラムより

 

「自分だけではなく、家族と一緒にヴィーガン食を貫くのは大変じゃないですか?」と尋ねると、ブルーノさんは納得しているし、ゾーイちゃんに関しては今のところ上手く行っているとのことでした。

保育園には手作りのお弁当を持たせたり、お友達の家に遊びに行く時もヴィーガン食を持参する努力は必要です。でもその分、小さいながらも食べ物に対する意識は高くなっているとメーガンは感じています。

「娘はまだ2才だけれど、なぜうちではお肉を食べないのかとか、外でも乳製品を買わないのか、はちゃんと理解していると思う。『COW(牛)が入ってるからだよね?』って言うのよ」

母親が時間をかけて話をするからか、ゾーイちゃんは自分でちゃんと考えることが出来ているそうです。そして大きくなって、彼女が自分の意志でヴィーガン主義を続けるのであればもちろん嬉しいけれど、もしも別の道を選ぶのであればそれも受け入れる、とメーガンは言います。

メーガン・デュハメルさんインスタグラムより

 

周囲からは「ヴィーガンってさ、タンパク質が不足するんじゃないの?」とよく聞かれるそうですが、その都度、丁寧に植物ベースの食品からもじゅうぶん、タンパク質を接種することができるのだと説明する。

色々とまだ偏見を持たれているのは分かっているけれど、これだけ自分も家族も健康でエネルギッシュなのだからそれが何よりもヴィーガン食の良さを証明している。最近では風邪もろくに引かなくなった、というのが自慢だそうです。

「ヴィーガン主義に興味を持って、取り入れてみようと思う人へのアドバイスは?」

と聞くと、最初から自分みたいに一日で180度、食生活を変えることの出来る人は珍しいので、徐々にできるところからやってみることを勧めると言っていました。

例えばちょっとずつ肉や牛乳などの摂取量を減らし、代替製品を試してみる。食品を買う時はしっかりと成分表を読み込んで、どのような原材料が用いられているのかを確認する。穀物や野菜、果物を増やす努力をする、などなど。

また、この頃では世界中どこでもヴィーガン製品を売っている店やヴィーガン飲食店が見つかる便利なウェブサイトも教えてくれました。「https://www.happycow.net/」に地名を入力すれば、メーガンなどは国際大会に出た国々で、簡単に思い通りの店を見つけることができたそうです。「ある時、札幌でこのウェブサイトを使って見つけた店で、浅田真央ちゃんにも会ったわよ」と思い出話をシェアしてくれました。

 

最後に

いかがでしょうか?

メーガンの話を聞いていると彼女にとってヴィーガンとして生きることは食べ物の問題だけではなく、本当にトータルなライフスタイルなのだと感じさせられます。もちろん、競技者として頂点を極めたという実績もあって、ヴィーガン食の有効性に自信を持つことができるのも大きいでしょう。

とても好感が持てたのは、メーガンが決して周囲にヴィーガン主義を押し付けようとしないことです。彼女の元に教えを請いに来るスケーターに対しても、栄養面でのアドバイスをすることはあっても自分の食生活を真似するように言わない。

メーガン・デュハメルさんインスタグラムより

 

自分で考えて、納得した上で選べばよい、というスタンスのようです。

和食に慣れ親しんでいる私達としては、必ずしもヴィーガンに転向しなくとも動物性の食材に偏らず、バラエティに富んだメニューを組むことが出来る気がします。

それでもメーガンの生き方の根底を成している信念は参考になります。

何気なく口に入れている食べ物がどこから来ているのか、どのような過程を経て生産されているのか、そして環境への影響はどのようなものなのか。

そんなことを改めて考えさせられた取材となりました。

 

社会学博士。日本とカナダの大学で教え、トロント大学マンク国際研究所のエスニシティ研究課程事務局長を2020年まで務める。現在はフリーのライター・通訳・翻訳家として国際映画祭、スポーツイベント等、幅広く活躍。
父親の駐在により3才でイギリスに渡航、4才から15才までフランスで育つ。約40年に及ぶ欧米生活経験で培った広い視野をもち、日本語、英語、仏語を自由に操る。現在はカナダ人の夫とトロント市郊外在住。